僕と47都道府県（九州沖縄篇）
　若い頃から出不精、旅行嫌いだったはずの僕が日本百名山、三百名山にチャレンジするうち、 いつの間にか47都道府県を制覇していた。
　「制覇」の意味は、通過するだけではダメで、どこかで観光、もしくは登山を行い、できれば「宿泊」もするのが条件。よくよく過去の記録を調べた結果、「宿泊」でも全部をクリアしていたことが分かった。ただし、それはあくまで「カッコ付き」であるが。
　その辺のところも含め、各都道府県との関わりを。記憶や記録をたどりながら振り返ってみたい。
 ①沖縄県
　沖縄に行ったのはただ一度のみ、それも仕事（修学旅行引率）だ。
　でも今になって考えると、貴重な機会だったと思う。
　何故ならプライベートで行くことは今後もおよそ考えられないからだ。
　マリンレジャーには全く関心がなく、かと言って沖縄には登るに値する山らしい山がないからだ。仮にあったとしてもハブがいるところを歩きたくない！
　K特別支援学校は当時沖縄への修学旅行が一般的だったが、現在は肢体不自由部門を併置したため、飛行機の利用が不可能になった。そして、修学旅行は生徒や保護者の希望ではなく、女教師の希望でほぼディズニーランド一択になった。このとき行ってなければ沖縄は今でも未踏の地として残っていただろう。
　もっとも、このときの修学旅行は結構大変だった。手のかかる男子生徒を３名、実質一人でみないといけない状態で、終わった後はぐったりといった感じ。
　飛行機を降り、まずは首里城見学。とにかく蒸し暑かった。このときはここが将来火災に遭うとは夢にも思わなかった。
　そして恩納村のリゾートホテルに向かう。プライベートビーチがすぐ下にあり、シチュエーションは悪くなかったが、まあ、生徒の世話で気の休まる暇もなかった。
　２日目、最初に行ったのが美ら海水族館だったか。ジンベエザメは海遊館でも観られるし、特にどうといったことはなかった。ただ海の色は明らかに亜熱帯のそれであり、向かいに見える伊江島の景色も圧巻だった。
　午後にはプライベートビーチでシュノーケリングやバナナボートを楽しんだ。シュノーケリングは意外にも海が濁っていて何も見えなかったが、バナナボートはそこそこ楽しかった。
　３日目は那覇の国際通りへ。牧志公設市場などを巡り、生徒のお土産ショッピングを。終わり頃雨が降ってきたが、県庁近くのビルの中に逃げ込めた。
　最後は琉球村へ。この頃は生徒も落ち着いており、ゆっくり見学できた印象。エイサー踊りなどを楽しんだ。ソーキそばも食べた。
　沖縄料理は可もなく不可もなくといった印象。強いて気に入ったものを挙げるなら海ぶどうか。
　「ヤマトンチュー」として言うなら、やはり沖縄人との間には少し距離がある感じ。暑いのが苦手だし、住もうとは思わない。ウミヘビやハブも恐ろしい。
　だが戦時中、「日本の盾」にされた歴史は忘れてはならないし、米軍基地の問題も安易に語ってはならないと思う。沖縄が「独立」を宣言したり、中国の属国に戻らないよう、相互理解が必要だと切に感じる。　 
②鹿児島県 
　鹿児島県も最初に行ったのは修学旅行の引率である。
　初任で盲学校に赴任して３年目、僕は２年続けての普通科３年担任だった。
　前年は修学旅行のマル、すなわち計画・準備から引率の主導までやらないといけなかったのが、この年のマルは別の先生で、いわば「連れて行ってもらう」旅行だった。
　行きは船だった。どこ発だったかは覚えていない。多分青木のフェリー埠頭だったとは思うが、三宮か、六甲アイランドの可能性もある。
　船上の光景が明るい場面しか思い浮かばないから、昼行便だったのだろう。クラスのＫちゃんに頼まれてツーショットの写真を撮った記憶が・・・Ｋちゃん、僕に気があったのか・・・可愛い子だったが、手を出すわけにはいかなかった。（笑）
　鹿児島到着後、貸切りバスに乗り換えて向かったのは霧島温泉だったようだ。「ようだ」と言うのは、この霧島温泉での記憶が全くないからだ。でも手帳の記録によれば、ここで一泊している。
　次の日は同じく貸し切りバスで鹿児島市内観光に行っている。「磯庭園」を見学したのはボンヤリと記憶にあるが、だだっ広いだけの印象しかない。
　二泊目は指宿温泉だった。夕食に出たカツオのたたきが美味かった。自分が経験した修学旅行では刺身なんて絶対出なかったから、時代の変化を感じた。
　帰りは大阪空港まで飛行機だった。もちろん飛行機は自身初。１時間半であっという間に到着した。これも時代様々である。
　次に行くのは約10年後になる。F氏と登山で向かった屋久島である。西鹿児島まで夜行列車、鹿児島港からジェットフォイールに乗った。F氏は得意の体調不良でウィルソン株までしか行けず、下山後落ち合うことになった。縄文杉と宮之浦岳山頂は一人だった。
　最後は尾之間温泉でF氏と再会し、臨海温泉を満喫した。
　３度目は単独で霧島山から開聞岳へ。現在は噴火で埋まってしまった新燃岳の火口原の写真が残る。白濁した何とか温泉は混浴だったが、若い女性は水着だった。（笑）
　開聞岳は海から立ち上がる円錐形の山。山頂ではＪＤと遭遇するも無視される。（涙）
　その後、近鉄旅行社のツアーで高千穂峰を訪れている。どこかで見た山だなと思ったら、霧島山登山のときにすぐ近くを通っていた。そのときついでに登っておけば行かなくてもよかったのだが。
　最後はピンクちゃん担いでの桜島と高隈山。志布志港から半分バスも使いながら桜島経由で鹿屋市に連泊した。桜島はもちろん登山はできず、遠くの展望台から眺めるだけ。
　高隈山はタクシー運転手が道を間違え第２のピークまでしか行けなかった。特攻資料館は行く気になれなかった。
　保守的な県民性が問題になる土地柄だが、住むのはともかく、旅行では悪い印象はない。高隈山にもう一度チャレンジするかどうか、考慮中。来春に行く、かも知れない。 
③熊本県 
　熊本県との初の接点は、中学３年の家族旅行である。このとき、別府から路線バスでやまなみハイウェイを経由し、阿蘇のカルデラ内にある内牧温泉で一泊した。例によって国鉄の保養所だったが、ここで「カルデラ焼き」という料理が出たのを覚えている。今はどこにでもある「陶板焼き」だが、当時は珍しく、僕が家族旅行で食べた一番のご馳走だったかも知れない。阿蘇山にももちろん行ったが、お天気があいにくよくなく、霧で何も見えなかった。
　それから熊本市内に移動し、水前寺公園に行ったが、とにかく暑くて、それしか覚えていない。このとき撮った写真はハレーションを起こして真っ白になっていた。
　それから時は経ち、教員の新任１年目、僕は修学旅行担当を任命された。
　JTB教育旅行と相談して、旅行企画を立てないといけない。大まかな計画を立てた後、「下見」に行くことになる。全盲の先生と二人ペアだ。行く予定の場所をすべて周ることはもちろん、料金割引の手続きに交通局まで足を運んだり・・・このとき、宿泊予定の杖立温泉に一泊、阿蘇山に歩いて登り、熊本市内にも一泊、さらには天草方面でも一泊した。
　翌年はいよいよ本番、体調不良でリタイアする者、迷子になる者、数々のアクシデントに見舞われ、もう二度と修学旅行担当はこりごりと思ったが、その後の教員生活で３回も主担当をやらせていただいた。一番嫌いな行事だ。
　その後も修学旅行等で何度も阿蘇に登ることになる。だが、阿蘇の中岳山頂および高岳山頂に立ったのは、ただ一度、日本百名山制覇後のことである。観光客が押し寄せるあの場所は、ただの「火口湖の縁」で山頂ではないのだ。
　このとき、元同僚で熊本県に移住したWさんと偶然バッタリ出会うという奇跡も経験している。Wさん、その後は元気にやっているだろうか。
　それから数年が経ち、二百名山の市房山、三百名山の国見岳をアタックする機会に恵まれた。前者は2019年、後者は2020年にともに人吉経由で向かった。とりわけ、国見岳のときに泊まった「山女魚荘」は、食事のほとんどが山女魚料理（ヤマメは高級魚で、普段はまず口にすることはない）という豪華版だった。
　熊本県のゆるキャラである「くまモン」についてちょっと申し上げたいことがある。九州では、ツキノワグマはとうに絶滅してしまった。人間の狩りが主たる原因である。「害獣」として絶滅させたツキノワグマを、シンボルとして使うのはどうなのか。
　阿蘇の周辺を見れば分かるように、九州人は自然に大きな手を加えて農地化したり、観光地化することに熱心なようだ。
　環境保護とか、SDG‘Sとか、そういう面を今後どう考えていくのか、そのポリシーの提示なしに「九州の自然（実は自然じゃない）」をアピールするのは止めてもらいたい。　
  
④宮崎県 
　私が宮崎県に初上陸したのは、1999年（43歳）と遅い。
　かつては新婚旅行のメッカと言われた宮崎と縁がなかったのは、単にそっち方面の観光ツアーに巡り会わなかったからだ。
　だが百名山の祖母山はいやでも登らねばならず、1999年３月23日夜、私は神戸発21:55の寝台特急「彗星」に乗り込んだ。24日朝、延岡に到着。その頃はまだ営業していた高千穂鉄道に乗り換える。この日は高千穂神社や高千穂峡を観光。深山幽谷かと思っていた高千穂峡が生活排水で汚染されていたのにショックを受ける
。その夜は高千穂ユースホステルに泊まったが、禁酒やミーティング強制のイメージがあったＹＨが、飲酒可能で自由になっており、ビジネスマンが利用していたのに逆ショックだった。
　次の日、登山口に向かうのにバスを乗り間違え、慌てて戻ってタクシーに乗り直す。避難小屋を経て祖母山山頂には午後に着いた。そこから縦走するつもりで、「天狗の岩屋」にテントを張る。だが、お天気がもったのはここまでだった。
　翌朝にはもう降り出した雨。その中を重い荷物を担ぎ、ヤブこぎに近い縦走が続く。午後にやっとで九折越避難小屋にたどり着く。ここで何とか雨は上がったものの、予定していた徒渉は増水でムリと判断、永い林道を回り道して、やっと予約していた民宿にたどり着いたのときには真っ暗になっていた。
　12時間の大縦走で体力を消耗し、翌日予定していた大崩山越えは中止して20㎞ほど舗装道路を歩いて日之影温泉へ。温泉を堪能し、また高千穂鉄道で延岡から帰神したのだった。
　その後しばらく宮崎とは縁がなかったが、三百名山を始めて2016年（60歳）、あの「大きく崩れて傾く旅」。３月27日、初代ピンクちゃんを担いでフェリーで大分へ向かい、ＪＲに乗り換え延岡へ。そしてピンクちゃんをこぎ出す。必死のパッチで、廃校を活用した民宿「つりがね」にたどり着いた。
　翌日、大崩山への行程では道に迷いながらも登頂に成功、次の宿は何気なく予約した民宿だったが、これが17年前に泊まったのと同じ民宿と判明、運命の悪戯か。

　さらに翌日、これまた道迷いに苦しみながらもヘロヘロで傾山を制する。下りは打って変わって楽ちんコースで、生気が蘇る。
　次の日、登山口に置き去りにしたピンクちゃんを取りに行くのに車を手配してもらった。
　民宿に別れを告げ、ピンクちゃんとバスを乗り継いで延岡へ。ここで思いもかけない出逢いが待っていた。マラソンの宗兄弟とのスリーショット、最高の思い出となった。
　最後の宮崎は2018年11月27日、宮崎行きのフェリーに乗る。翌朝、宮崎からＪＲで都農へ。ビジネスホテルＡＺに宿泊。ここは宿泊料は6000円ほどだが、ボリュームたっぷりの２食付きで、今までで一番コスパのいいホテルだった。
　先日テレビを視ていたら、出川が充電バイクの旅で同じホテルに泊まっていた。
　翌日、満を持してタクシーで尾鈴山登山口へ。楽勝の山だった。さらに翌日は青島へ向かい、鬼の洗濯板を歩いて、名物「冷や汁」も体験した。
　さらに追加しておかないといけないのは「延岡西日本マラソン」への参戦だ。
　2008年、2009年、2010年と３年続けてチャレンジした。結果は２回完走、１回は関門失格。記録的にはぱっとしないが、まあそれなりに頑張ったということで。
　宮崎県は、僕にとって「ドラマチック」な場所であると言えよう。
　 
⑤長崎県 
この県との縁も、初任の盲学校での修学旅行、その下見出張から始まる。
　全盲のＩ先生との旅。年齢はまだ20代の方だったので、世代ギャップはそれほど感じないにしても、ちょっと思想がアナーキーな方で、その面では気を遣った。
　旅行は熊本県の天草を経て長崎県に入った。行く予定だった平和記念公園、泊まる予定だった旅館、市電の運賃割引の手続きのため交通局などを回った。（当時は外来の身障者が割引してもらうには面倒な手続きが必要だった）坂の多い町、と言う印象しか残っていない。
　半年後の修学旅行本番では、長崎は10月にもかかわらず真夏のような暑さで、生徒達はぐったりして食欲をなくし、先生方の中にはいらだって当たり散らす人もいた。新米教師にとってはなかなかの洗礼で、その後も修学旅行に悪いイメージを残すことになった。
　もう訪れることもないだろうと思っていた長崎に思いがけず行くことになるのは、1995年、あの忌まわしい阪神大震災がきっかけだった。
　その直後に予定されていたＨ高校48回生修学旅行は中止になり、３年生になった直後、「代替修学旅行」が計画・実施された。僕は担当じゃなかったので、「連れて行ってもらう」立場。実際、担当者であるかどうかは「大違い」なのである。
　夜行フェリーで神戸を発ち、別府から大分・熊本・佐賀を素通りして着いたのは「ハウス・テンボス」。ＨＩＳに身売りする前の初代である。特にこれと言った思い出はないのだが、「旅行写真集」に使う予定だった僕の一番の「傑作写真」を「ＰＴＡ会報」に持って行かれ悔しかったのと、お土産にゴーダチーズを買ったことを覚えている。
　その後、平戸市内を見学して帰った。やはり坂の多い町だった。
　それから13年の年月が流れる。2008年ＧＷ、僕は諫早行きの夜行バスに乗っていた。
　その旅の目的は二つあった。一つは二百名山の雲仙に登ること。もう一つは「環境教育研究会」の巡検として諫早湾の干拓地を見学することだった。貧乏だったのでテント泊ながら雲仙温泉に入れ、島原城や城下町の見学もでき、なかなか有意義な旅だった。
　その後、長崎には足を踏み入れていない、眼鏡橋も出島も見ていないし、愛宕山からの夜景も眺めていない。佐世保バーガーも食していない。
　だから行かない理由はないのであるが、「老人の一人旅」が実現する日は来るのであろうか・・・
　　  
⑥大分県 
　この県がうどん県（香川）に続けとばかり温泉県と命名しようとしたとき、全国から抗議があって撤回したようだ。確かに温泉が売りの県はここだけじゃない。
　だがそれでも、この県と聞けばまず浮かぶのが「温泉」である。
　特に別府温泉は凄いなんてもんじゃない。あの「地獄巡り」のバリエーションの多さは他所の追随を許さない。
　初大分は中３の家族旅行である。別府と言えば船で行くのが定番だが、父が国鉄の関係で列車の乗り継ぎで向かった。当時は夏でも冷房がなく、扇風機の車両がほとんどだった。暑さが苦手な僕は母親に愚痴をこぼしたのを覚えている。もちろん父親にそんなこと言おうものなら鉄拳制裁だった。地獄巡りをしたのは覚えているが、別府には泊まらず、やまなみハイウェイのバスで阿蘇にある国鉄の保養所へ向かった。それ以降は熊本県のところで述べた。高校生以降、僕は家族旅行は拒否したので、これが最後の家族旅行となった。
　次の機会はまたしても盲学校の修学旅行である。下見と本番の２回。地獄巡りは見えない生徒達には意味がないので省略し、「杖立温泉」に泊まった。菊池寛の「恩讐の彼方に」に出てくる「青の洞門」へ見学に。生徒達は手掘りの鑿の跡を触ることができてとても感動していた。ここまではよかったのに、病気で離脱者は出るわ、教師間に不協和音が響き、後半は散々だった。
　そして十数年の月日が流れ過ぎ、今度はH養護学校の修学旅行。またしても係に選ばれてしまった。今度は別府温泉に宿泊し、二度目の地獄巡り。３年後にまた修学旅行があったが、そのときは別府温泉ははずし、「ワールドサファリ」に行ったのを覚えている。
　個人的な大分は、1999年の祖母山が初になるが、前述の通り宮崎の延岡から入ったので、瞬間的なものにとどまる。
　その翌年、ミレニアムの年に「坊がつる」に向かった。百名山の「九重山」に登るためである。芹洋子の「坊がつる賛歌」で期待感はあったが、ホントに法華院温泉以外は何もない所だった。このとき、ブラッと三百名山の「大船山（だいせんざん）」にも登ったのだが、登っておいてよかった。
　その次は2014年までとぶ。船で着いたその日に鶴見岳（三百名山）に登ったその足で湯布院温泉の「七色の風」まで歩いてしまった。翌日は由布岳（二百名山）に向かう。小雨ながら双耳峰の高い方のみ制す。七色の風に連泊し、最後は温泉街を散策。どこに行ってもお金がかかるので、適当に切り上げて帰りのバスに乗った。
　だが、これで終わらなかった。まだ三百名山の涌蓋山が残っていたからだ。
　2018年、テント泊のつもりで牧ノ戸峠から向かったが、生憎の大雨。濡れながらテント張るのもイヤだと、筋湯温泉にヘルプの電話。幸い宿は見つかった。
　翌日の涌蓋山は好天に恵まれ、やや時期遅れのミヤマキリシマも愛でられた。
　大分県は僕の中ではよく行った方に入る。もし次に行く機会に恵まれたら、名物の鶏料理とか、カボスの香りを楽しんでみたい。もちろん、温泉にもゆっくり！
⑦佐賀県 
ハナワ君の歌ではないが、僕にとっても佐賀は魅力も縁もない県だった。
　長崎に行くときに通過はするが、立ち寄ることはない。
　ただ一つだけ想い出を挙げるとすれば、例の盲学校の修学旅行で、長崎から特急列車で帰神するとき、佐賀駅だったか、鳥栖駅だったかで停車したときのことである。
　ホームの階段付近が突然黄色い声で騒がしくなった。
　誰かが階段を上がってきてホームに現れた。ギターケースを抱えている。
　それは、当時「青葉城恋歌」で一世を風靡していたさとう宗幸だった。
　そのことを全盲の女子達に教えてあげると、彼女たちも「わー！」とか言って盛り上がっていた。
　それから時は流れて2015年、僕も還暦を迎える年になる。
　もし、三百名山をやっていなかったら佐賀県には一生縁がなかったろう。実は佐賀県には２座の三百名山があることを知る。長崎県との県境に多良岳、福岡県との県境に背振山。これをGWを使って一気にやってしまおう。
　ところが、計画はいきなり壁にぶち当たった。ネットで調べても調べても、宿泊できる宿が見つからないのだ。GWだし、当たり前だろって？いや、佐賀はそんなに人気の観光地ではないし、部屋は空いていたのだ。ところが、「１名」という条件を入れたとたんに「宿泊可能なプランはありません」と表示される。
　最近はやや緩和されていたとはいえ、「一人旅差別」はこの頃厳然としていた。そりゃあ、二人以上で泊まった方が宿は儲かるに決まっているが、一人旅が好きな人間はこの世に山ほどいるのだ。
　それでも、現地の観光協会かなんかに連絡すれば、民宿の一つも見つかったかも知れない。だが、僕は意地になった。
　「泊めたくないなら、野宿でもしてやる！」
　そして、テント泊が決定した。
　ところがさらに、佐賀県の対角線上にあるこの二つの山をつなぐ公共交通機関も存在しないことが分かった。
　そして、ピンクちゃん同伴が決定した。この頃のピンクちゃんはまだ初代で、24インチの子供仕様。だが、重量だけは20㎏超という代物。
　テント泊の荷物と自転車を両方担ぐのがどれだけエラいか、体験した人でなくては分かるまい。合計40㎏超である。一番困るのは、エレベーターのない駅の階段の上り。背骨がギシギシ言って心拍数がMAXになる。
　名付けて「佐賀ホームレス旅」。まさに過酷な旅だった。
　まずは船で門司港へ。そこから特急と普通を乗り継いで最寄り駅へ。そこから登山口のキャンプ場までの登りにはタクシーを使った。初代ピンクちゃん、荷物を積むには都合がいいのだが、荷物を積むとサドルが塞がってしまうため、漕ぐことができないのだ。
　何とも間が悪いことに、ここで雨が降り出しやがて本降りに。
　だが不幸中の何とか、キャンプ場には屋根があったので、その下にテントを張ることができた。翌日の登山は雨の中。サワガニ君と戯れながらの登山は傘一本で。無事多良岳登頂に成功。
　翌日雨は上がり、ピンクちゃんでの下りは爽快そのもの。まずは列車で少しだけ移動。温泉に入って昼食摂った後、佐賀県最大の観光の目玉「吉野ヶ里遺跡」に向かう。邪馬台国九州説を前提として公開されているこの遺跡は、思ったより広々としていた。
　そこから、道は登りに向かう。乗ることはできないのでひたすら押すのみ。たまに下りがあるとうれピー。
　テントは、半分開発途中みたいな山中の空き地で張った。月がきれいだった。
　そして次の日、背振山へ向かう。自衛隊御用達の舗装道路を押して上がり、自衛隊基地のフェンス横からは階段と山道。せっかくなのでピンクちゃんを連れて行くことにする。本物の山頂には行けないが、そのフェンス横の祠でピンクちゃんとツーショット。この山を制する。
　帰りがまた一筋縄ではいかなかった。ムダに続くアップダウン。そして有料道路のトンネル。もちろん自転車では通れず、旧道を高巻きして峠を越える。
　最後の一気下りは北島君なみにキモチよかった。以下は福岡県のところで。

　有田にも伊万里にも唐津にもさっぱり興味がない僕は二度と佐賀県に観光に行くことはないだろう。だが、あのホームレス体験だけは陶磁器の絵柄のごとく記憶に焼き付いている。
　 
⑧福岡県 
西日本の中心となる大都会を持ち、観光スポットも決して少なくない福岡県。
　だが、この県との関係はきわめて希薄である。
　ここはずっと九州観光の「通過点」でしかなかった。
　最初の関わりが生まれたのは例のH校48回生の「やり直し修学旅行」であった。ハウステンボスと平戸の観光を終えた一行は、福岡まで戻りホテルで一泊する。
　その翌日、太宰府天満宮を見学し、博多駅から帰神の列車に乗ったのであった。ホームに上がったのと列車の到着がほぼ同時で冷や汗をかいた。あれ、もし乗れなかったらどうなっていたんだろう？
　実は太宰府見学の後、ある事件が起きる。太宰府名物「梅ヶ枝餅」。さだまさしのカップルが１個半食べたあれである。僕はちょっと奮発してクラス48名分の梅ヶ枝餅を50個買ってバスで配った。前から後ろへ回して、僕のところに戻ってきた袋には1個も残っていなかった。しまった、最初に自分の分を確保しておくんだったと思ったが後の祭り。この事件の首謀者は、今大きな顔して市会議員をしている。僕は結局、梅ヶ枝餅の味を知らずに去るところだったが、途中のトイレ休憩で、他のクラスの子が１個恵んでくれた。「盗む神あれば恵む神あり」
　次の機会が訪れるのはH養護学校の修学旅行である。今はもう廃止された「スペースワールド」に行った。担任していたU君が無性の怖がりで、お化け屋敷は途中からUターンして出てしまうし、コーヒーカップが旋回中、縁を乗り越えて脱出してしまい、係員に教師共々怒られた。
　そして2015年GW、あの「佐賀ホームレス旅」で背振山を制した後、僕は福岡県にピンクちゃんで降りてきた。延々と走ってやっと福岡市の天神にたどり着いた。
　温泉に入ったとき、更衣室で隣にいた若い男に時計を盗まれた。やはり福岡は治安の悪いところだなと思った。その後居酒屋へ。最後の〆で豚骨ラーメン食って帰った。
　その翌年、未踏の三百名山である英彦山のツアーを近鉄系の旅行社が募集しているのを見つけ、応募。大阪南港から夜行のフェリーに乗り、門司港からバスで登山口へ。
山上からは釈迦の寝姿（阿蘇山の遠景）がきれいに見えた。山ガイドは耳の遠いおじいちゃんだったが、無事山行を終えた。帰りも船だった。
　今後福岡に僕が再訪する可能性はあるのか？
　それには僕を引きつける「目玉」が必要である。
　博多名物と言えば「屋台グルメ」だが、この年になるまで、「屋台」で飲食したことがない。「食わず嫌い」と言われればそれまでだが、何か屋台には①ぼったくり②狭っ苦しい③不衛生というイメージがつきまとう。台湾でも何とか夜市には行ったものの、見知らぬ料理にチャレンジする勇気がなく、結局パスしている。
　まあ、単独では今後も行かないだろうな、というのが正直なところ。
　誰か、修学旅行に連れてって！
  
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