| 【MyFavoriteMusician】 |
| (10)突き抜ける透明ボイス・八神純子 |
| ストイックな学生時代を終え、教員になった頃、それが私のニューミュージックライフのスタートでもあった。だが、必ずしも楽しい気分でのみ音楽を聴いていたわけではない。 ＨＰのどこかにも書いているが、職場恋愛は苦戦だった。今でこそ、「天国のような職場」として振り返ることもできるが、そのまっただ中ではそんなこと思いもしなかった。 仕事に疲れ、恋に疲れたとき、私はレコードに針を落とし、カセットテープを回した。パソコンから好きな曲を選べる現在など想像もできないが、あの頃の方がずっとリッチな気分が味わえたし、音楽自体の感動も比較にならないくらい豊かであった。それはやはり私の感性が「ハングリー」であったからに違いなく、物質的に恵まれすぎてしまうと意外につまらないものだ。 男性歌手ではさだまさしやオフコースを主に聴いており、それはそれで私にとって癒しではあったが、女性歌手ではこれ、というものが今一つ見つからない感もあった。森山良子はそろそろ時代遅れだし、ユーミンの世界は自分のシチュエーションとはあまりに違いがありすぎた。 そんなとき、彼女の鮮烈なデビューがあった。最初に聴いたのはラジオだったろうか。かき氷の一気食いのように脳髄に突き抜けるソプラノ。それは「思い出は美しすぎて」であった。 もうそのデビュー時点から彼女は「実力派」であった。今でこそ話すが、学生時代は密かに麻丘めぐみとか太田裕美に憧れていたのだ。だが、もう私も社会人、アイドル歌手から脱皮する時期に来ていたのだ。 まずはとりあえず聴きたくてシングル盤を買ってきた。彼女自身の容貌は今一であることはそのジャケットを見てわかった。だが、それが弱点と思えないくらい、声の伸びはすばらしかった。 Ａ面の「思い出は・・」はもちろんだが、Ｂ面の「エンドレスサマー」には一発ＫＯを食らってしまった。真夏のクラクラするような陽光とけだるい午後。この曲は彼女のどのアルバムにも入っておらず、それだけに未だにシングル盤を大事に保存している。今度聴くのはいつになるか知れないが・・・ 春女ちゃんと同じく、八神純子もまた「歌唱力」を最大の武器とするミュージシャンである。自分で作る曲もヒットすることがあるが、本当に彼女の凄さを実感するのはスタンダードナンバーを歌わせたときである。それが米国の一流歌手であれ、彼女はオリジナルなどぶっ飛ばしてしまう。 まさに歌手になるために生まれたような才能であることは、彼女自身がどこかで語っている。 「私も周りの人たちも『純ちゃんは大きくなったら歌手になるのよね。』と当たり前のように思っていました。」 「思い出は・・」以降、彼女のブームはしばらく続いた。「みずいろの雨」「想い出のスクリーン」「パープルタウン」などのヒット曲を覚えておられる方も多いだろう。私が勤めていた盲学校のすぐ横が保育園で、「パープルタウン」の曲をバックに旗ダンスを踊っていた光景を昨日のことのように思い出す。だが、これらの曲はどちらかというとアップテンポで、一般受けはしても、彼女の本当の実力を見せつける場面はない。彼女の本領はあの伸びやかな高音をこれでもかと響かせるスローバラードで、その時期は次にやってくる。 彼女のベストアルバム「Ｂｅｓｔ ｏｆ Ｍｅ」のＶｏｌ．２には、その辺りが余すことなく収められている。極上の本マグロのごとく、「捨てるところがどこにもない」状態。「想い出の部屋より」に始まって、「もう忘れましょう」、「夜間飛行」、「Ｍｒ，メトロポリス」、「夢みる頃を過ぎても」、「二人だけ」、 「陽だまりのあなた」、「Ｆｕｌｌ Ｍｏｏｎ」ｅｔｃ、バラードファンであるなしにかかわらず、これを聴いて感動しなかったら脳の音楽中枢がイカれてる、と断言してもよい。 その後、彼女は活動の舞台を日本から米国に移す。米国人と結婚したのもその理由だが、彼女の有り余る才能とパワーが、アイドル性ばかりが幅をきかす日本の音楽界にあきたらなくなったのがその理由であろう。 だが、ブロードウェイのフレーバーが匂おうと、西海岸流のアレンジが入ろうと、横文字で歌う八神純子は、星の数ほどいる横文字歌手の中では、やはり一つの星でしかない。彼女には、やはり日本語で、日本人の感性で歌ってほしいと思うのは私だけではないだろう。それに、あまり言いたくないが、彼女の英語の発音はお世辞にも上手とは言えないし。 向こうで出産して子育てし、すっかり米国人になってしまった八神純子だが、年に１回は「帰国コンサート」を開くのが通例になっているらしい。もちろん私なんぞにチケットが回ってくるはずもなく、パソコンに取り込んだデータだけが彼女を忍ぶよすがである。 たまにテレビに出ているのも見かけることがある。「ミュージックフェア」など、ちょっとグレードの高い番組であるが、彼女は別の歌手のヒット曲をいとも簡単に歌いこなし、オリジナルを遙か上空で凌駕してしまう。痛快と言うほかない。日本の若い歌手は発憤してほしいものである。リズムと音程さえ合ってりゃいいものではないことを。 （次回は井上陽水） |
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