川下り

吉野川危機一髪

　2005年７月18日（月）は海の日。海の日に川へ行くのも俺の勝手、と私はモルⅢ世号とともに徳島へ向け旅立った。２年振り３回目の吉野川である。
　今回は前２回より下流ということもあり、三宮発８時半とやや遅いめのバスに乗った。車中爆睡して明石海峡大橋も大鳴門橋も意識外。気がついたときにはもうバスは四国に入っていた。日頃の睡眠不足を解消した上に川下りができる。こんな贅沢が実現できたのも「海の日」の生みの親、故笹川良一日本船舶振興会名誉会長のお陰？とりあえずは感謝、感謝。
　９時55分に徳島駅に到着。改札前に直行すると、徳島線の次の列車は10時22分発の穴吹行き。穴吹と言えば・・・路線図を確認すると、今日出発地点にするはずだった貞光よりも２駅手前である。だが、次の阿波池田行きはさらに30分ほど待たねばならない。瞬時に私は決断した。今日は穴吹から下る。帰りのバスは最終便（２０時30分発）を予約しているとはいうものの、時間の余裕はあるに越したことはないからだ。この判断に間違いはなかった。
　各駅停車の旅が始まった。この列車は何と1両のワンマンカー、JRの合理化もここまで来たか、という感じ。それでも空席だらけ、途中で少し乗客は増えたとはいうものの、黒字にするのは厳しかろう、JR四国は大丈夫なのか？もっとも大きな荷物をかかえた旅行客にとっては有り難いことこの上ない。
　途中、「牛島（うしのしま）」という駅を要チェック。今日の川下りの終点はここにする予定だからだ。それにしても、牛島から穴吹までは列車でも30分くらい要した。ということは、距離にして２５～３０㎞ということ。前回の航行距離から割り出した数字だが、５時間で下るとしても、時速５㎞以上ということになる。ちなみに昨年の四万十川は、時速２～３㎞がいいところだった。それは吉野川がそれだけ急流であることを意味する。ただ急流が急流であるためには、ある程度の水量が必要になる。川下りを梅雨明け直後のこの時期に設定しているのはそのためだ。
　11時過ぎに穴吹着。さすがに終点だけあって、売店もある有人駅である。（下写真）ここで昼食を済ませ、船中の食物や飲料も仕入れる。飲料はポカリとウーロン茶のミニペットを１本ずつ仕入れたのだが、この両者、実は明暗を分けることになる。

　　さあ、用意ができたら、川に出るのが待ち遠しいの何の。だが、もう川は目と鼻の先。歩いて１分である。
　川沿いの国道越しに私の眼に飛び込んできたのは、川一杯に拡がる浅瀬であった。淵がどちらかというと暑苦しい印象を与えるのに対し、これはもうソーメンを流したくなるような涼しさである。（下写真）

　早速川岸への下り口を探す。右手に橋があり、そのすぐ向こうに見つかった。ちょっと水面への降り口が草深くてうっとうしいが、そんなことは構っていられない。
　ボートの組み立て、いや膨らましにかかる。もう５、６回目ともなれば、手順によどみはない。２０分もかからずヘリオス号に変身だ。荷物を載せるとそのまま丸ごと川面に吊り出して運ぶという荒業に挑む。どっぷり進水させると、そのまま乗り込んで出発だ。橋の下流は淵になっていて、その向こうにまた大きな橋がある。（下写真）取りあえずはそこ目がけて漕ぎ始める。

　どんよりと淀んだ淵ということで、やや爽やかさには欠けるが、そこは吉野川のこと、少し進むとまた瀬が現れるのが嬉しい。四万十川との比較で言うと、吉野川は全体に瀬の割合が多く、流速も速い。こと川下りについては吉野川の方に軍配を上げたい。だが、周囲の景観ということで言うと、自然度が圧倒的に高いのは四万十の方である。今後川下りをしてみむと思し召す方は参考にされたし。
　さて、一旦川面に出てしまうと、地理的な目印というのは実質橋だけである。今回の川行も（注；「山行」になぞらえた私の造語）最初の出発地点から７つめの橋でゴールイン、という風に決めてある。だが、思わぬ計算違いが。資料として用いた徳島県の地図が古かったのか、それとも徳島県選出の国会議員が悪どく公共事業を分捕りすぎたのかはよくわからぬが、地図にない新しい橋が一つできていたのである。ただ、朽ち果てて崩れ落ちた橋が１本あったため、トータルは同数ということになった。橋にはボーターにもわかるように橋桁に名前を入れていただきたい。
　いくつかの瀬を越え、いくつかの橋をまたぐと、再び長い淵となった。淵が嫌いなわけではない。そこには川というより、湖と表現した方がいいような風景が拡がり、あたかもドナウ川やセーヌ川に浮かんでいるような気分にさせてくれる。（下写真）

　、

　ところで、当然ながら川面には陽射しを遮るものが何もない。いくら帽子をかぶってウェットスーツに身を包んでいると言っても、長時間の日射はやはり肉体にダメージを与える、そんなとき、束の間の休息の場を与えてくれるのが橋である。橋の下は僅かながらも日陰があり、そこにボートを停めると、火照った身体を少しでもさますことができるのだ。（下写真）

　この季節、吉野川は鮎釣りシーズンである。あちらでもこちらでも、瀬という瀬、鮎釣り客と遭遇した。彼らは下の写真のように舟を浮かべたり、あの鮎釣り専用の超ロング長靴のいでたちで竿を振っていた。できるだけ遠くを通るようにしたとはいえ、場合によっては恐らく釣りの邪魔をしたかも知れないのだが、彼らは私のようなさすらいのボーターに紳士的に接してくれた。ただ、百人ほどいたかも知れない釣り客の中に、一人だけあからさまに敵意をむき出しにし、「あっちへ行け」と手で追い払うような仕草をしたおっさんがいた。川を自分の私物のように勘違いしている。お前が釣りをするのも勝手だが、俺がボートで通るのも勝手だ！

　ちなみに、ボーターやカヌーイストにはただの一人も出遭わなかった。こんな好条件なのに何ともったいないこと。水泳客もいるにはいたが（下写真）、どうやら地元の子供達には「遊泳禁止」のお触れが出ているようだった。四万十川では沈下橋から飛び込む伝統的な光景が見られたものだが、これまた寂しいことだ。

　また浅瀬にさしかかる。川を下り始めた頃は、瀬が怖くて怖くて仕方なかった。特に落差があったり、岩が多くて波立っている瀬が近づいてくるとビビったものだ。だが、今では楽しみで楽しみで・・・・瀬を乗り切るスキルも随分上達したものだと思う。かつて、ボートが１回転したり、横波をくらって「沈」したこともあった。今は、素早いパドルさばきで、決して舟の進行方向を変えずに進めるようになった。「お尻ゴーン」もなくなった。ただ、瀬があまりに浅いと、船底がつかえて座礁してしまう。そのときは舟を下り、ジャブジャブ瀬を歩いて舟を引っ張るのだが、これがまたキモチいーーーーー。漕ぐのに疲れたときは岸に近づいてわざとこれをやったりする。（下写真）

　漕ぎ続けること４時間を超え、６個目の橋に到達した。結論を言えば、ここで止めておけばよかったのだが、今回のアクシデントは不可抗力。それは結果論に過ぎない。私は予定通りこの橋（下写真）を通過し、７個目のそれへ向かった。体力、とりわけ上体の筋肉はまだまだ元気だった。かつてはギシギシ悲鳴を上げた肘の関節も何ともない。自分でも鍛えられた、と思う。週２回のアクアウォーキングの成果である。

　そして、それは徐々に迫ってきた。「ゴー」という音は、瀬に違いなかった。だが、その音は今までのどの瀬とも違い、不気味な迫力を持っていた。ボートから見える瀬のラインは、普通は不連続なのだが、その瀬はいやに真っ直だった。何かおかしい、とは感じたが、今まで私は川を逆に遡ったことは一度もない。流れにまかせて行くほかなかった。その手前の淵で、水遊びに興じている高校生風の一群があった。彼らが何かサインをしたようにも感じたが、私が異常事態にはっきり気付いたのは、５ｍ手前であった。もはや引き返すすべもない。
　それは瀬ではない、「洗い堰」であった。吉野川の「第十洗い堰」が政治問題化したニュースはもちろん知っていた。だが、まさかこんな所にあるとは・・・地図には何一つ記されていない。だから私にそれをあらかじめ知れと言うのは無理だ。
　無残にもモルⅢ世号は洗い堰に突入した。最初に３段くらいの段差があった。お尻へゴーンと来るかと覚悟したが、その衝撃は大したことはなかった。ただその先に、テトラポットを積み上げたところがあり、そこに舟は引っかかってしまったのだ。(下写真）

　すわ一大事、というところだが、私という人間、沈着冷静なのか、鈍感なのか、これは美味しい事件だ、とばかりに写真なんか撮っている。
　次に脱出の方法を考えた。舟を持ち上げようとしたが、何と船内に大量に浸水したため、舟はとんでもない重さになっていて持ち上がらない。仕方がないので舟をやっとの思いで傾けて水を出し、そしてようやく動かせるようになった。だが、テトラポットは形が不規則な上に、ヌルヌルの緑苔が生えていて、滑りやすい。いくら水中とはいえ、うっかり足を滑らせたら「骨折」なんていう事態もありうる。救命具を着ているからまさかとは思うが、激流に巻き込まれたら「溺死」もありうる。
　私は必死で足場を探り、舟を下に降ろそうとした。だが、あまりに性急だったかも知れない。洗い堰から脱出した舟は、今度は激流に流されてとんでもない勢いですっ飛んで行った。それを放すものかと引きずられる私。ところがまずいことに、荷物が舟から放り出された。荷物が先頭になり、舟、そして私と、「団子三兄弟」状態で押し流されて行くのだ。何とか足でブレーキをかけようとするのだが、とても止まらない。二つのペットボトルも水中に投げ出された。一つは空になったポカリのペットボトル、もう一つはまだほとんど飲んでないウーロン茶のペットボトル。もちろん、そんなもの心配している場合ではないのだ。
　そして、危機に瀕した私に決定的ダメージが加わった。舟にクリップしていたはずのオールがはずれて流されてしまったのだ。オールは舟よりも速く前方を流れていく。あれがなくなってはもう航行不可能になる。私はやっとの思いで浅瀬にボートと荷物を引き揚げると、オールのあとを追った。
　オールは歩くくらいのスピードで流されていく。まずいことに、だんだん川の真ん中に寄っていっている。私はまず岸を駆けた。アクアシューズを履いているので、走るのに支障はない。オールよりもかなり前方に回り込んだところで、川に入っていく。だんだん水深が深くなる。腰から胸、そしてて首まで来た。もちろん、背が立たなくなったら泳ぐしかない。泳ぐだけなら問題ないが、流れてくるオールをキャッチするという水球選手並みの高度なスキルが求められるのだ。もし、「空振り」したら、オールは・・・
　鮎釣りのおじさんが舟を浮かべていた。
「すみませーん、オール流されちゃって。」
　おじさんは頷いたが、オールを取ってくれる様子はない。私はいよいよ川の真ん中に進んだ。オールが近づいてくる。このときほど、親譲りの長い腕を頼りに思ったことはない。オールは見事キャッチされた。岸に戻るとき、流されそうになったが、グッとこらえてふんばる。数分後、航行は再開された。

　やっとで、最終目的地の橋が近づいて来た。漕ぎ出すこと５時間、最後にとんでもない事件が待っていたものの、事なきを得、私は無事に岸に降り立った。
　誰や、あんな訳のわからんもん川に作る奴は・・・昔は灌漑用とかに役立っていたものだろうが、用途がなくなっても撤去されずに残っている。ボーターにとっては危ないことこの上ない。みなさん、吉野川下りでは洗い堰に注意！
　牛島駅まで歩き、列車を待つこと１時間余、ずぶ濡れの身体がようやく乾いたのは神戸に帰ってからだった！でも楽しかった！

メニューへ

長良川へ

四万十川へ