７月28日、午前７時15分発の徳島行き高速バスに乗る。この便ができてから、本当に徳島県は手近になった。明石大橋様々である。ちなみにバスの愛称は「すだち〜号」という。徳島県名産の「すだち」と「巣立ち」をかけているらしい。何か、バス酔いして酸っぱい胃液が出そうな名前だ。徳島にはこの他、「すだち」という名のビジネスホテルもあった。「レモン」とかだったら頷けるが・・・ 　もちろん、バスのサイドトランクには、「モル�V世号」の納まったザックがある。このボートだけでも結構重くて、長いパドルは二等分してもあちこちに引っかかって運びにくいものだが、不便さを感じるのも川岸に立つまでの辛抱である。 　前の晩、というより本日の未明、「世界水泳」のテレビ中継を見ていて、寝不足である。結局、明石大橋でも鳴門大橋でも意識不明であった。明石大橋はマラソンで渡ったからいいもんねー。 　９時すぎに徳島に着くが、９時22分発の特急列車「剣山３号」に乗ることになる。２両連結でも特急は特急だ。一両が自由席で一両が指定席だが、なぜか指定席だけが禁煙車だ。おい、嫌煙家から指定席料金を取ろうというのか、まあ、空いていたので自由席にした。列車は吉野川をチラチラと窓外に見せながら走ってゆく。水量は多くはないようだ。その青さと冷たさが伝わってくる。早く川面に浮かびたい、そんな願いを乗せてひた走る。 　さて、この川には２年前に一度来ている。そのときの様子をかいつまんで報告しよう。前回は、情報不足のままに、阿波池田まで入って旅館に一泊した。翌朝、ダムの下から漕ぎ出そうとしたが、大きな誤算が発生する。ボートに空気を入れるポンプの調子が悪いのである。少しでも荷物を軽くしようと、古いのを持ってきたのが間違いだった。蛇腹に穴が開いていて使い物にならない。やっとの思いで入れるには入れたが、８分目くらいの空気圧で、それが川の水で冷やされてさらにペコペコになってしまった。漕いでもなかなか進まんわ、川底の石がお尻にゴーンとくるわで、悪戦苦闘、予定の距離の半分も進めず、しまいに雷混じりの夕立に遭遇し、無念にも阿波加茂という所でリタイアしたのだった。今回はその阿波加茂からのリスタートで雪辱を期す。 　阿波加茂には10時20分くらいに降り立った。トイレを済まし、国道へ向かって歩き出す。２年前の「あの地点」にちゃんとたどり着けるのか・・・まず、コンビニに寄り、食料と飲料を補給する。飲料は大量に飲むことを考え、飽きの来ない「十六茶」２�gにした。にぎりめし３個、ソーセージ、スナックパン、以上である。水はいざとなれば川の水、という手もあるが・・・ 　結構ややこしい道順であるが、２年前の記憶は割合はっきりしていた。この歩道橋のところを入って、この角を下って、そうそう、この辺りで犬に吠えられたっけ。その闘犬飼育場は確かにあった。犬どもこちらを睨んではいるが、不思議に吠えない。おっ、俺が前に来たのを覚えてくれていたのか？ところが、その角をどちらに曲がるかで少し躊躇していると、とたんに一斉吠撃、闘犬相手にケンカも売れない。そそくさと立ち去る。そして、その３分後、まごうことなく２年前の地点に私は立っていた。よし、ここから旅の続きが始まるのだ。今日は夕立君にじっとしていてもらおう。 　腹が減っては戦ができぬ。にぎりめし３個とソーセージはここで消えた。スナックパンは防水袋に入れ、十六茶の残りは船底に転がすつもりでいる。そして、はやる気持ちを抑えながらボートのセットアップにかかる。今回は上等のエアーポンプを持ってきた。前回は１時間近くもかかった膨らましは１０分ほどで終了した。空気圧も上々、叩けば小気味の良い音を立てる。 　そして着替えにかかる。下は普通のビーチ水着だが、前回着用したものが、いくら部屋中かき回しても見つからず、夕べダイエー甲南店で（この頃１１時まで開いている！）急遽買ってきた。上は、サーファーとかが使う長袖のビーチウェア。伸縮性の水着素材で、日焼け防止を兼ねている。この頃学校のプール指導にも着用しているものだ。その上にもちろん救命具も忘れない。前回は救命具なしのチャレンジだったが、安全に越したことはない。この真夏に救命具は暑いのでは、と心配していたが、杞憂だった。今回はさらにヘルメットも用意している。例のモンベルクラブ六甲店で買った物だ。値段は\5,000とまあ手頃だった。カヌーのプロ用は\20,000以上するらしいが。もし、岩場等で危険なようであれば着用するつもりだったが、結局今回は必要なかった。まあ、お守りみたいなものと思えばよいだろう。着替え終わると、荷物はすべて数個の防水袋に収めてザックへ。ザックはしっかりボートにくくりつけて流されないように、と万全の処置。 　11時40分、準備完了していざ出航！　パドルで岸を押すと、艇は軽やかに水面に滑り出す。そうそう、この艇だが、Heriosという名の「カヌー型ボート」、何とチェコ製である。ボートと言っても、ゴムではなく、ナイロン製。結構しっかりした素材だし、何カ所にも分けて空気を入れるようになっているので、ちょっと穴が開いたくらいではおいそれとは沈まない。岩等にぶつかった場合の衝撃もエアが和らげてくれる。もちろん、本物のカヌーと違ってとんがった形はしておらず、舟底に体は固定されていないので、それほどスピードは出ず操作性も悪いが、安全性の面から、こういった清流下りには向いている。 　朝方は曇りがちだった空も、直射日光が差してきている。照りつけられて暑いのでは、という不安はたちまちにして霧散した。川面を渡ってくる風の何とも涼しいこと・・・水温はちょっと冷たいプールくらいで、はまっても心臓麻痺なんてありえない。パドルは軽やかに水しぶきを上げた。スイ、スイ、スイと滑るように進んでいく。某教え子さん流に言うなら、も、も、も、もーーー楽しすぎーーーーー 俗世間がたちまちにして背後の彼方へ消えた。もうここには水の虜になった男が一人・・・・ 　滑らかだった水面が前方で泡立ち始める。ゴーーーという音が近づく。瀬だ。川にも微妙な勾配や地形があり、それが瀬をつくり、淵をつくる。川下りを始めた頃は、この瀬が恐くて仕方がなかった。急な流れに巻き込まれて「沈」するのでは？だが、このスリルが慣れるにつれてほどよい快感に変わってきた。やがて艇はおもむろに瀬の領域に突入する。スピードが上がり、流れの音がこだまする。水面上、ところどころに顔を出している石を避けながら進まねばならない。ここがパドル操作の見せ所。でもときどき巧く行かず、ぶつかったり、引っかかったりもする。幸い、最初の瀬はそれほど浅くなく、順調に艇は通過し、再び静水域に入る。 　今日の吉野川、他に浮かぶボートやカヌーは見当たらない。出発時、上流にかすかにそれらしい影を認めたが、近づいてこなかった。平日を選んだのが大々正解、この広い川が貸し切りとは・・・ 人によっては、仲間がいた方が・・・と言うかも知れない。だが、正直言って我流もいいところの操船技術をあまり人に見られるのは格好悪い、という意味もあるし、何よりも、この大自然独り占め、この快感は経験者にしかわかないだろう。いくらお金を積んだって味わえるとは限らないのだ。 　私の艇はただひたすら下るだけで、上ることはしない。いくら緩やかな流れの所でも、流れに逆らって上るのには、相当の労力を要する。しんどい目をして逆に距離を損するなんて馬鹿らしいではないか。それにこの川下りは、一人でボート担いできた者に与えられる特権だ。車で来た人は、また漕ぎ出した場所に戻らないといけないから、思い切って下ることはできない。カヌーの大部分がひととこでウロウロせざるをえないのはそのためだ。私の場合は体力の続く限り下って、そこで陸に上がり、駅まで歩けばよい。川の景色を何十倍も楽しめるっていう寸法だ。まさにウッシッシではないか。 　間もなく橋が見えてきた。今日の終了地点はあらかじめ目途をつけている。なるべく特急の停まる駅の近くと言うことで、「貞光」を選んだ。もちろん、川からは地名表示板は一切見えないので、地図を持ってきている。何が目印になるかというと、「橋の数」である。貞光は５本目の橋で降りればよいはずだった。だが、私はこの「橋の数」のみに余りに頼りすぎていたため、ちょっとしたミスをおかしてしまう。２本目の橋にさしかかったとき、少し先に「建設中」の橋が見えた、まだ橋桁ができただけで、橋本体は完成していない。私はこの橋を「カウント外」に入れたのだが、「カウント内」にすべきだったのだ。この橋は古い橋を取り壊して架け直している最中であり、「新しい橋」ではなかったのである。そのため、予定よりも一つ先の橋まで行ってしまうことになる。 　瀬と淵を繰り返しながら川は流れている。瀬が浅すぎると、ボートはひっかかって停まってしまう。パドルで必死に川底を押すが、摩擦力には勝てない。こんなときはボートを下りて、歩きながら深い所まで引っ張っていく。足に心地よい冷たさを感じて、これまた大変楽しい。足には最近流行の「アクアシューズ」をはいている。底や側面に穴が開いていて、濡れてもすぐに乾くし、普通に陸上を歩くときも快適である。 　「ゴバー！」凄まじい音をたてて川の中で何かが動いた。３０�pくらいの魚。やたら頭がデカい。何という魚かわからない。安眠中を起こしたと見える。 　ときどき釣り船とすれ違う。鮎釣りの最中だろうか。また、瀬で長い釣り竿を振っている人も。川岸に小舟が繋いであるのをよく見かけるので、この吉野川は漁業資源が豊富らしい。 　さて、いくら川下りと言っても、流れの緩い所では漕がないとなかなかボートは進まない上に、舳先が違う方向に回ってしまう。要は漕ぎ続けないといけないのだが、前回までと明らかに違う点があった。普段漕ぎ慣れないものを漕ぐわけだから、１時間も漕ぐと肘がギシギシと痛み出し、かなり辛かった記憶がある。ところが、今回はそれが全くない。どうしてだろう？ああ、そうかと合点がいった。 この漕ぐときに使う腕の筋肉は、いつもプールでアクアウォーキングするときに使うものと同じ事に気付いたのである。アクアウォーキングを始めて３年目になるが、その効果が現れてきたと見える。だから、今日の川下りはまことに快適そのもの。 　さて、ここで質問があるかも知れない。「トイレはどうするの？」もちろん、ボートからジャー、という訳にはいかない。ボートの上でうっかり立ち上がろうとすると、転覆の危険が生じる。そんなときは岸にボートをつけて、上陸しないといけない。広い河川敷には何も視線を遮るものはないが、誰も見ている人もいない。もっとも、川で泳ぐフリをしながらしてしまうという手もあるだろう。天然のウォシュレットである。 　瀬が両側の中州にはさまれて水路のようになっている所がある。ここは急流で波立っており、いわば天然のウォータースライダーだ。全く気持ちいいのなんの。 　そうこうしているうちに５本目の橋が近づいてきた。前述の勘違いから、実は６本目の橋、「美馬中央橋」なのだが、橋１本分でも余分に楽しめてよかったと思う。 　ボートをたたみ、背負って歩き出す。もう、満足を上回る満足。しばらく歩いた所で間違いに気付き、「貞光」ではなく、次の駅「小島（おしま）」を目指す。小島駅にたどりつくと、次の普通列車まであと８分くらいだ。全くグッドタイミング！ 　徳島駅でビールを飲んで夕食。19時30分発のバスに乗った。 　私はもう完全に吉野川に惚れ込んでしまった。こと川下りに関しては、もっとも手頃かつ快適安全、風光明媚、完全貸切、何度も言うが楽しすぎーーーーーー！！！！！

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